2012/05/14
マメクルラジオ vol.6 ボクらとは誰なのか
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マメヒコでしか見られない映画を作ろうというはなしが実現しようとしています。
ボクらが見たい映画をボクらが作り、ボクらが見ればいい。
さて。
そのボクらとは一体誰のことなのか。そんな話しを井川と影山君でしました。
2012/05/10
マメとクルミの夜 vol.3 第1回目
5/1(火) マメとクルミの夜 第1回目 井川・影山
第3クール目のマメとクルミの夜が始まりました。
既存のメンバーと新たなメンバーが集まり、盛り上がった会となりました。
3クール目は平日の夜のせいか、フランクな感じでした。
その分、今まで以上に話はあちこちに飛び、
クルミドコーヒーの影山さんがまとめようとしているのに対し、
井川はまとまったひとつの話にあえてしたくないような印象です。
・影山さんは、「大家」さんが集まる会に出席したそうです。
空きテナントで困っている「大家」さんたちにアドバイスを求められ、
影山さんらしい提案をしたそうですが反応はイマイチだったと。
井川さんならどうアドバイスしますか、に対し、
井川「大家さんたちは大して困ってないからアドバイスをそもそも求めてないんじゃないの。
旨みのあった過去に比べると最近は旨みが減ってしまったというだけで、
実は心底困っているわけじゃない。
影山くんだろうがボクだろうが提案など端から求めてないんだと思う」
・悩み多き時代。こういう時代を乗り切るにはどうしたらいいでしょうか、
という影山さんの問いかけに対し、
井川「そもそもシステムでなんとかしようという考えをやめたほうがいい。
人間とは朝乗ろうとしていたバスに乗れなかっただけでデカダンス(退廃的な気分)になる。
逆に死にたいような気分のときでもコンビニのアイスキャンディーであたりくじを引いたら
生きていける、と感じてしまう、そんなものではないか。
川沿いの土手によもぎが生えていたら、これで草団子を作ってみようとか
小さな幸せをみつける工夫が大事ではないかしら」
・男と女では見えているものが違うのではないかと言う話し。
井川「どんなにきちんとした構成でオチをつけた話しをしたとしても、
出席者は影山さんの些細な仕草や表情に真実を見出そうとする。
特にここにいる女性たちはそうだと思う」
みなさん深くうなづいていました。
・井川「どんなものでも作ることは案外と簡単にできる。
けれど持続するには体力が必要であるし、
長きにわたり始めた思いを貫くためには、
一個人のこうしたいんだ!という、ひとりよがりな強いパッションが必要でしょう。
ボクがいなくなったら、間違いなくいまのマメヒコではなくなっちゃうようにね」。
影山さん「仕組みとしては成立しているけれど、あの人がいるからこうなっている、
という場所は確かに少なくなってますね」。
・井川「いろいろなことが出尽くしちゃった感がある時代だけれど、まだまだ発明をしなくちゃいけない。
人生を発明に費やしたほうが楽しいと思う」。
例として、巷で食べられている「とんかつ定食」が生まれるまでには長い時間がかかったという話をしました。
一足飛びに新しいものを作ろうとしても無理なんだから、
日々の生活に小さな楽しみを見出して、いくことが大事なんだという話になりました。
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全体を通して、具体的な問題に対して具体的な解決の糸口を探そうとするのではなく、
日々をいかに楽しく生きていくかの方が大事ではないかという提案でした。
世界を変えることは出来ないけれど、
楽しいかどうかは本人の気持ち次第でいくらでも変えられるのだから。
2012/04/22
マメとクルミの朝 vol.2 最終回
最終回 4月7日(土)マメとクルミの朝 井川×影山
・ 生まれたてのものに対して、つべこべ言うなって思いますね。たとえば開店してまだ4ヶ月のマメヒコ飯店に対して、あーだこーだ言わないでって思うね。
・ 「いやいやそんな、ぼくは」っていうのは、謙虚なように見えるけど、ほんとは単に恥をかきたくないだけなんだ。自尊心を傷つけたくないだけ。でも、やるしかないってときがくる。
・ 位置エネルギーが高いひとは、降りるのが怖くて、なかなか下には降りられない。だから登り続けるしかない。「降りる」ことはできない。「落ちる」ことはある。登ることもできないなら、うまく着地するしかない。
・ 位置エネルギーの恩恵を受けているくせに、下に降りたいという人は信用できない。例えば、マメヒコよりもずっと大きなところで上の立場に立っている人が、マメヒコで働きたいと面接にやってきて、自分の会社の悪口を言う。そういう人はたいてい採用しない。
・ 本当は下に降りる気なんてないくせに、下をむくなと言いたい。
・ 最終形だけを見ても気持ち悪いだけ。それまでの過程をみてようやくほっとできる。ピカソも、何回も何回も牛を描いて、それでこの有名な作品にたどり着いたんだって。過程を見てはじめて感動できる。でも今の時代は、完成形を見るしかないものが多すぎて、みんなそれをわからないもの、として受け止めるしかない。わからないことだらけ、手に届かないことだらけで、自分てだめだと思うのは簡単な環境。
・ 善し悪しではなく、存在している以上生き生きとしなくちゃいけない。
・ 口あたりのよい啓発本は、その場では効き目があるけどすぐに消え失せる。結局は自分が参加しないひとの物語だから。
・ できないものはできないっつーの。日常生活ではそんなにバランスよくできない。背がのびなきゃいけないとき、太らなきゃいけないとき。そういう一時というのが人生のなかで必ずあって、長い目でみて、バランスをとれればいい。
最終回は参加者のみなさんに感想を言っていただき、あたたかい卒業式となりました。
14日(土)からは、「料理教室」が始まります。
そして、マメとクルミの朝は、マメとクルミの夜に。
今後とも、よろしくお願いします。
2012/04/06
マメとクルミの朝 vol.2 第9回
第9回 3月31日(土)マメとクルミの朝 井川
つい先日まで、実家のある札幌に行っていたこともあり、この日は札幌の菊地珈琲さんのおはなし。
※マメヒコは、菊地珈琲さんが焙煎した珈琲豆を使っています
・ 60歳を越える社長自ら、5時に起きて6時に店に入り7時に開店させるということを、25年間1日も休まずやってきた。本人はそれを変えようとも思わず、偉いとも思ってない。さらには、「25年やってきて、やっとわかることがある」なんて言うんだからすごいなって思う。でも本当にそうなんだろうね、きっと。
・ マメヒコは今年で7年。そんなに経ったかなって思うけど、7年なんて、菊地さんからすれば、まだまだ、まだ・・・ってとこだね。
・ 人がつねに足りない状態をやりぬく、ということが喫茶店の仕事。焙煎だとかどうとかってのは仕事とはいえない―菊地社長の言葉。
・ 哲学がなければ、短命で終わってしまう。短命で終わってしまえば、得難いものを得られない。
・ 多くの人は、自分の環境が整う場所を探してしまうんだろう。そして、環境のせいで自分は充分なパフォーマンスができない、と言う。
・ 菊地さんなんかをみていると、これまでは、環境をつくることの戦いだったんだなって思う。整ったあとの環境でなにをしようと、それはどうでもいいんだきっと。
・ 「自分の寝床をつくる」。それが人生の、仕事の目的みたいなもので。
・ 映画をつくるのなら、映画をつくる環境をつくることが「映画づくり」の大半を占める。
来週は、はやくも「マメとクルミの朝 vol.2」最終回です。
2012/03/29
マメとクルミの朝 vol.2 第8回
第8回 3月24日(土)マメとクルミの朝 影山
先週に引き続き、影山氏による朝。
定められたゴールにむかって進むよりも、過程がうみだす化学変化みたいなものを楽しむものづくりをしたい。
そんな先週のおはなしにつづいて。
・ 「話す」ことが自分にとっていかに有効か、ということを実感している。たとえば、誰しも自分との約束は守れないけど、ひととの約束は守れる。みんなの前で公言することで、自分を追い込み、実現させることができる。
・ 自分と向き合っていてもだめ。他者にむかって問いかけることが大事。(相手は選んだ方がいいよ笑)ひとに話すことで、自分のもやもやが言葉となり整理される。
・ もやもやを脇に携えながら行動にうつせばいい。そうすれば、過程のなかで「そっか、自分てこんなことがやりたかったんだ」と気づく。
・ 完成された考えを一方的に投げるのではなく、要素を差し出してみて、みんながそれをどう受け止めるかをみる。
それはまったく想像してない方向に飛躍していくかもしれない。
これが、プロセスパラダイムというもの。
この日は、館岡康雄著・『利他性の経済学』という本を携えて。
・ 日産自動車に務める館岡氏による、「プロセス転換」の本。日産は、かつて1兆5千億の借金を抱えていた。けどすごいのは、その借金をつくった人間と、それを返済した人間が同じだということ。組織のメンバーは変わっていないのに、「プロセス転換」をしたことで、1兆5千億の借金を返済できた。
・ かつて日産は、新車の開発に3年以上かかっていた。でもそれでは、
新車ができあがったころにはすでに時代遅れになっている。
そこで、
・ (新車開発期間を)40ヶ月を30ヶ月にするには・・・各部門(生産部門、設計部門など)が効率をあげる。
・ 30ヶ月を20ヶ月にするには・・・各部門の行程を重ねる。ある行程が完了しないうちに次の行程をスタートさせる
・ 20ヶ月を10ヶ月にするには・・・「サポートエンジニアリング」。つまり、自分の行程じゃない行程にむかって自分が支援をする
。生産をしている人だからこそ設計にたいして支援できることがある。その逆も然り。
自分の領域じゃないところに大して知恵をだしてあげる。
— そんなことが、書かれている本で、これはカフェで働くうえでも、日常でも言えることだなって思うんだよね。と影山氏。
・ 大きな会社が生き残るためには、管理ではなく支援が必要。「管理」は結局、「する」側と「される」側のふたつに分かれてしまう。
・ 自分の抱えている問題の解を、目の前のひとが持っているかもしれない。だから自分を閉ざさず、ひとと話すことは大切。
・ ひととの会話のしかたを変えてみる。アクティブに聞く、受け止める。
・ 支援のできない人は、一緒に働く仲間からそっぽをむかれる
んじゃないかな。お客さんより前に。
・ 自分を輝かせることと、ひとを輝かせることの両面ができるかどうか。
2012/03/23
マメとクルミの朝 vol.2 第7回
第7回 3月17日(土)マメとクルミの朝 影山
この日は影山さんの新たな取り組み、「クルミド出版」についてのお話。
・ 作品があるから人が集まるのではなく、人が集まったところに、作品が生まれる。そういうものづくりをしたい。パッケージ化されることを前提につくるのではなく。
・ 本を出したい、と思っている二人のお客様との出会いがきっかけ。センサーをはりめぐらせていれば、出会いはそこにある。「クルミド出版」はすでにそこにあった。
・ 問題は、流通にのせること
・ 本は、クルミドコーヒーと、あとは関わりのあるごく限られた所でしか売らない。その必然性があると思っている。
そうすることで、まったく想像しない広がりがあるのではないか?
・ なぜこの本がここに並んでいるのか、という文脈を大切にしたい。読んでくれた人が、その本に出会うまでのプロセスを大事にしたい。
・ 直接的な表現はなくとも、「クルミドコーヒーらしい本だな」と感じてもらえる本ができるはず。
・ 本をつくろうとしているのではなく、「本体験」をつくろうとしている。本に出会ったとき、本を開いたときの香り、読んだとき、棚に置いたとき、ふたたび店に来たとき・・・全部ひっくるめて。
・ 受け取ってくれる人がいて初めて価値がある。自在的に価値があるとは思えない。
・ 読んでくれた人が値段を決めればいいと思うのだけど。
・ とにかくニーズにこたえない、という道を選んできた。ニーズにこたえることは現状を維持すること、強化することになる。
・ クルミドを飲み屋ではなくカフエにしたのも、ニーズに答えない道を選んだ結果。
・ 空間の目的をひとつに決めてしまうのはもったいないと最近思っていて、「クルミドライブラリー」なんていうのもいいかなって。
・ 自分がいま取り組んでいることは、成功するかわからないけど形にはなると思う。
・ リザルトパラダイム:ゴールが決まっている。そのゴールに合わせて、行程が規格化されていく。/プロセスパラダイム:気持ち、動機、内発的なものが先行する。ゴールははっきりとしない。それでも、その方がいいのでは?
「マメヒコピクチャーズ」とも通じるところの多いお話でした。
装丁、紙質、書体、そして内容の節々に、なんとなくクルミドコーヒーのニオイがする。そんな本に、早く出会いたいですね。
2012/03/16
マメとクルミの朝 vol.2 第6回
第6回 3月10日(土)マメとクルミの朝 井川×影山
久しぶりに二人揃ってのおはなしです。
この日はなんだか、「影山さんはいいよなあ」というモードの井川氏。
「影山さんアナウンサーになりなよ。」という話から始まって…。
(井川)影山さんはさ、失言がないじゃない。ボク、失言しかないからさ。
影山さんはさ、「理想の上司ランキング」に絶対入るよね。
(影山)いやいやいや。井川さんは「変化を起こせる人ランキングに入るんじゃないですか?
・ スティーブ・ジョブズを崇拝する若者が日本にも最近多いみたいだけど、実際ジョブズの近くにいた人たちは、「ったくジョブズ。めんどくさいヤツだ」って思ってたんだと思う。厄介者扱いされていたはず。いまの日本は、ジョブズを求めているようで、本当は求めてないんだよ。
・ 民主主義ではたどり着けない領域がある。
・ 最後の最後で優しさが出てはだめ。
・ 例えば店づくり。コンセプトがところどころに要素として入っていても、お客さんには全く伝わらない。感性に訴えるものがなければだめ。訴えるものに特化するには、要らないものを排除するしかない。幕の内弁当ではだめ。
・ コンセプトを織り交ぜたことに自己満足して、最終的に完成したものが、当初のコンセプトと大きく矛盾したものになっていることに気づかない。
・ くちあたりがよく反論しにくいものが採用される。
・ 最後に「切る」というのは反発も多い。だけどしあがりのイメージがあるからできる。それに近づきたいだけだから。反論する相手には懇切丁寧に説明する。「いいから聞け」と押し通すことはしない。
・ 世の中は志では動かない。
2012/03/15
マメとクルミの朝 改め夜 vol.3 応募開始
2011年11月から始めた「マメとクルミの朝」ですが、
「マメとクルミの夜」となってさらに引きつづき第3回をやります。
マメヒコのボク、井川啓央と、クルミドコーヒーの影山知明さんが、毎週代わる代わる「今考えていることをなんか話しする、という会」です。
ベンチャーキャピタリストであり、コレクティブハウスの活動にも精力的に取り組んでる影山君と、ぶらぶらマメヒコをやってるボク(実はともに今年39歳のおないとしなんですけど)。
影山君は「クルミの夕べ」、ボクは「ラジオ マメヒコ」というのを週一回、2年近くやってきて、最近、色々と思うことがありまして、もっと直接、お客さんと対話したほうがいいなとお互い思っていて、こういうことをやりましょうよ、やりますかという話しになったのでした。
場所 カフエ マメヒコ 渋谷店
期間 2012年5月から2012年7月
毎週 火曜日 よる7時30分から 2時間
第1回 5月1日 井川&影山
第2回 5月8日 井川
第3回 5月15日 影山
第4回 5月22日 井川
第5回 5月29日 井川&影山
第6回 6月5日 影山
第7回 6月12日 井川
第8回 6月19日 影山
第9回 6月26日 井川
最終回 7月3日 井川&影山
この朝会に参加したい方は、(基本的には聞いてるだけです。話しをするのが苦手というも安心してください。)
- 名 前
- 年 齢
- 職 業
- 大体のお住まい
- 大体の学歴
- 一番大事にしてきたことなど自己PR
を明記の上、 info@mamehico.comまで
ご連絡ください。こちらから※合否の連絡をさせて頂きます。
えっ、合否があるの?。あるんです。すいません。
というのは、この会は、今までやってきたラジオやクルミの夕べと違って、できれば参加したヒトのいまに合わせて話しをしたいと思っているからです。応募したみなさん全員参加という風にはならないのね、とあらかじめお断りしておきます。あっ、そんなに選べるほどたくさんの応募があるなんて、もちろん思ってもませんけど。ひとことで言えば、2人とも人見知りなんで、アットホームな会にしたいだけなんだよね。参加は、できるだけ10回全部来られそうだなというヒトにお願いしたいですが、まぁわかんないですよね。影山君の回だけ来たいというだっていますもんね。
現在参加されている方で引きつづき参加を希望される方は、ご面倒でも、継続参加の旨をメールにてお知らせください。また再度面談を希望される場合はその旨ご記載ください。
井川啓央 Ikawa Yoshihiro
株式会社 セレンディピティ代表取締役
カフエ マメヒコ 店主
1973年、札幌生まれ。日大芸術学部中退後、フリーのテレビディレクターに。ニューヨークで勤務の後、テレビ制作会社を起こし、カフェもメディアのひとつ、「カフエ マメヒコ」を三軒茶屋に開店。その後、マメヒコ渋谷店、クルミドコーヒー、パートⅢ 。演劇、映画、北海道での農業なども手がける。
影山知明 Kageyama Tomoaki
株式会社 フェスティナレンテ 代表取締役
クルミドコーヒー 店主
1973年、西国分寺生まれ。東京大学、法学部卒業後、外資系 コンサルティング会社に勤務した後、ベンチャーキャピタリス トに。生家の地に建てたコレクティブハウス「マージュ西国分 寺」の1階に、子どもたちのためのカフェ「クルミドコーヒー」 を開店、店主として活躍している。
2012/03/04
マメとクルミの朝 vol.2 第5回
第5回 3月3日(土)マメとクルミの朝 井川
カウンターには桃の花が生けられ、キッチン内では雛祭り限定メニューの仕込みが着々と進められる中。今日も徒然なるままに、井川氏のトークが繰り広げられました。
・ みんながみんな、休み(自分の時間)を必要としているわけではない。休みなんて要らないという人も中にはいるわけで。
・ やりたい人はやればいい。みんながみんな、同じ働き方をする必要などどこにもない。
・ 退屈な人生を紛らわすために働くのかもしれない。人生の退屈を何で埋めるかは人それぞれ。月350時間の労働を240時間に減らしたところで、全員が全員、空いた110時間を埋める術を知っているとは限らない。
・ 大手企業と、すごく小さな企業の2極化していて、その真ん中の企業がとても少ない。でも実際世の中は、その「真ん中」の存在を必要としている。
・ マメヒコは、その真ん中の存在でありたいと思っている。「真ん中」で居続けるためには、戦い続けなければならない。
・ フリースの色を選ぶ選択肢はあっても、フリースを買わないという選択肢はない。携帯の機種を選ぶ選択肢はあっても、携帯を持たないという選択肢はない。
・ 総理大臣がこんなにもしょっちゅう変わるのは、総理ひとりひとりの資質の問題ではなく、組織の仕組みの問題。「ろくな政治家がいない」というより、仕組みが悪いと考えるべき。
・ 大きいところは「個」を捨てないと維持できない仕組みになっている。
どうやら今回のキーワードは、「真ん中」。
その「真ん中」って一体なんなのか?
大きな企業、小さな企業と、その真ん中って何が違うの?
最後はそれに関してさまざまなご意見が飛び交いました。
井川氏の話と、皆さんの発言をふまえて、書記としてまとめさせていただくとすれば・・・
労働者の立場から考えて
・ 大きな企業:(スタッフの)代役はいくらでもいる。/しっかりとしたシステムが確立されている。(=そのシステムはそう簡単に変えられない。)
・ 小さな企業(個人経営):代役がいない。/システムなどない。(=その個人がいなくなれば、おしまい。)
・ 真ん中の企業:代役はいない。/が、新たにきた人員に合わせてシステムを柔軟に変えることができる。
と言えるのではないかな、と思います。
マメヒコは「真ん中」でありたい。
なので、例えばスタッフの入れ替わりに合わせて、メニューを変える、レシピを変える、営業時間を変える。あるいは「マメヒコパート」から「マメヒコ飯店」へ、店の業態を変える・・・ということをこれまで幾度となく繰り返してきました。
「変わらないためには、変わり続けなければならない」。井川氏がことあるごとに言う言葉です。
スタッフに合わせてコロコロと変えるというのは、身勝手と言われるかもしれませんが、そうしていかなくては、マメヒコはマメヒコでいられないのです。そしてその変わり続けるということは、なかなか過酷で、孤独な戦いなわけです。
2012/02/26
ポットの先欠けについて
久しぶりに事務所の資材室を見たら
珈琲ポットが奥の奥の箱の中にどんどん溜まっていて、
偶々それを見つけたボクはポットを前にして、
色々と思惑しています。
先っぽが欠けた珈琲ポットたちは
負傷した兵士のように前線から外され、
野戦病院のように、この管理室に運ばれ段ボールの中に溜まっているのです。
ポットの先っぽはその美しいフォルムの代償として、
かちんと、少しでも堅いところに触れると、
欠けてしまう宿命を背負っています。
おそらく、欠けてしまう瞬間は食洗機の中で互いに
食器と食器がぶつかった場合が一番多いと思われ、
その、おそらくというのは、
大概の場合、その瞬間を目撃されることはなく、
手が滑って落としてしまったというようにハッキリと現場が目に見えることはなく、
ポットの先欠けは、いつの間にか欠けてしまっていました、
という見えないうちにその生命を終えています。
そうなったらおしまい。
ゴミです。
捨てましょう。使わないでね。
優しい口調だけれど、冷やかな女性たちの暗黙のルールが
お店の通年になっているらしく、
だから、どんどん資材室に
先欠けポットが溜まってしまっている状態なのです。
マメヒコで年間に捨てられたり割れて処分されたりする食器の量は
捨て猫や捨て犬の処分とおんなじ、
実は目を背けたくなるような数(計算してないけど金額もスゴイはず)なのです。
でも、溜まる一方と言うのも、
なにやらおかしいと思いませんか。
だってポイと捨ててはいないと言うことですから。
欠けたらその場でポイというルールを遂行するのなら、
溜まらないはずでしょう。
それは、恐らく、これもボクの勝手な推測ですが、
そういうルールはルールとしてあるのだけれど、
たぶんポイと一息に捨てるのは忍びないのでしょう。
だって、先が欠けているだけで、ポットとしての機能は何一つ問題ないのですから。
身体はまったく、どっこも異常ないのに、前歯が欠けただけで、
死を宣告されるなんてそれはあんまりじゃありませんか!?
そういう気持ちが女性スタッフの中にあるんだろうと思います。
(聞いてないから知らないし、たぶんなんにも考えていない可能性が大だけど)
冷やかなルールを集団の一員として決定しておきながら、
運行する一個人となると、わたしはそこまで冷徹ではありませんよと、一員の立場から外れたようなことを言う。
「あたしが決めたんじゃないのよ、あたしは別段欠けてたってかまわないけれど、
みんなが、ダメって言うから、ごめんなさいね、捨てるわね、恨まないでね、さよなら」。
「あたしが決めたんじゃないのよ、あたしは別段かまわないけれど、
両親が、ダメって言うから、ごめんなさいね、別れましょう、恨まないでね、さよなら」。
食器類は欠けたら全く使わないというルールはわかりやすく、
反論の余地のない単純明快なルールだと思います。
それでいいのです。それでいい。
ボクだってその一員の一人には違いないわけですし。
思惑しながらふと。
ボクはこっそりとこれらを店に戻すことを思いつきました。
ポットはポットとして、注ぎ口のフォルムはキュッとしているべきだし、
欠けにくそうな、いかにも頑丈ですっていう無骨なポットでお茶は飲みたくない。
かといって、先っぽにゴムがしてあるポットではもっと飲みたくないし、
かといってこの程度の、先が欠けてしまうものを、外してしまうのもどうかしら。
明快な理由などなく、なんとなく見捨てる気にならないなぁといういたずら心で
ボクは店に戻してみました。
スタッフはまた、すぐさま「欠け野郎」を見つけ出し、
前線からつまみ出してしまうでしょう。
そうしたら、ボクはまた、
それらを見つけてこっそり戻してやろうと思うのです。
欠けても構わず使いましょう、なんてルールを強要する気なんかさらさらなく、
いたずら、として戻してみる。
そう思いたったのです。
いたずらを思いたち実行するのは、ボクしかたぶんいないから。
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