2011/06/09

ハタケ マメヒコ通信020

再び備忘録として。

 
今年も雑草がひどいことになる予感ありあり。
うちのハタケの雑草は、シバムギと言って、ランナーで伸びていく。
これの根が畑の中にしこたま入っていて、
いまは土の中に焼きそばの固まりがあるように見える。
焼きそばのママならまだいいのだけれど、
ひとたび雨でも降るとがっちり、地面に根付き、緑の新芽が芽吹く。
 
切り刻んでも土に埋めてもよみがえるゾンビみたいなもの。
 
豆の生育がこのシバムギを押さえるほどまでに元気よく成長しないと、
豆がやられてしまう。
 
 
有効な手立てはラウンドアップという除草剤を使うことだけれど、
薬剤には頼りたくないので、
ひたすら根の大きな固まりは見つけては集め、
ハタケの外に出している。
 
けれど膨大な量に対して手で出せるのはほんの一部だから、
まだまだ先が思いやられる。
 
豆がそれ以上に生育を上回ればいいのだ。
 
単純に豆を植えて育てるだけなら、さほど難しいことはない。
けど実際は、不確定な要素が互いに交錯して、
やらねばならないことが山と増える。
そんなもののすべてにいちいち構っていられない。
 
「ハタケをやりたいんですワタシ」も、というヒトが東京にいると案外たずねてくる。
都会を捨てて田舎暮らしをしたい、
と真面目な顔でボクに言う。
 
写真はイチゴの花
 
それはとても素晴らしいですね。と思う。
日本中、過疎地なのだから、若者は田舎暮らしする方が良いに決まっている。
 
ただ、自分でハタケをやってて思うのは、
これは真面目なヒトだとできないのではないか、と思う。
できないというのは言い過ぎだけど、
真面目に取り組むと案外早い段階で滅入って、
田舎暮らしに見切りを付けてしまうんじゃないかしら。
 
都会を捨てて一念発起で挑んだとしても、
自然はそんなものにこたえてはくれず、
うまく行くも行かぬもおよそ天次第。
寝ててもうまく行くヒトはうまく行くし、行かぬ時は行かぬ。
 
 
ムキになって手で草取りなんかしたって、
結局、自然の猛威にはかなわない。
ましてや、無農薬だの、除草剤を使わないだのと言ってたら、
もう後は野となれ山となれと思わないとできない。
 
それで生業にしようというのは、
ばくちで生計を立てたいというのに近い。
 
真面目に取り組もうとしている仕事が、ばくちで生計を立てるのは辛い。
作るだけでそうだから、ましてや売ることまで考えたら途方に暮れる。
 
補助金や助成金、農協、といった農へのリスクヘッジシステムを
構築するにいたったわけだけれど、そういうものの今の実態は、
自然派農業を始めようと思った志と少し隔たりがある。
 
こういうときに、なんとか事業としてやり抜くヒト、やり抜いているヒトたちは、
どこかテキトーでユーモアがあるなと見ていて思う。
 
田舎のヒトとの人付き合いも独特のコツがあるから、
甘えても甘えすぎてもうまく行かない。
そもそもなにもかもうまくやってくなんてことが都会と違ってない。
表ではニコニコしてても、いなくなればすぐ悪口が始まる。
それは一種の娯楽なんであって、悪意ある人間と取ると疲れる。
 
とどのつまり、あくまでバランスの問題でしかない。

2011/06/08

ハタケ マメヒコ通信019

今年は寒い寒いと聞いていたけど、

ボクがこっちに来てからはおおむね晴れ。そして暖かい。

 
すこぶる順調に豆蒔きは進み、
6/8今日、今年の豆蒔きは全部終わる。
二人で1haをやりきったのだから偉いではないか。
 
自分で言うのも何だが自分は相当働き者だと思う。
 
 
さて、ブログを書く暇も体力もなかったので、
ここ何日かを少しさかのぼって備忘録としても書き記しておく。
 
豆蒔き機械。今年は去年買ったけど使わなかった
手押しの豆蒔き機械(名前はゴンベイ。かなりダサイ)で播いた。
名前の割に、これがなかなか優れた機械。
 
 
手で押せば豆を等間隔で播いてくれる機械。
 
 
ただふたつ欠点がある。
 
ひとつは、この機械では等間隔に豆を播くことはできるけれど
1カ所に二つ以上の豆を落とせない。
 
豆は1ヶ所に2つ無いし3つの豆を播くのが普通だから、
これでは少し心許ない。
よって、手押し車を押しながら、
同時に手の平一杯に豆をつかみ、少しずつこぼしながら歩いた。
 
 
落とす量はかなりアバウトだから、等間隔でもないし、
どうなるかわからないけど、とにかくたくさん播いてみたよ。という感じ。
 
もうひとつの欠点は、
畝に雑草(シバムギ)が多すぎると、
車輪後ろの土ならしに雑草がひっかかって、先に進めないこと。
引っかかっていることを知らずに、もしくは強引に進めると、
ひっかかった雑草に豆がからみあい、
その区間は一粒も蒔けてないということになる。
 
よって、ひととおり、雑草掃除をしてからでないと豆を蒔けない。
これに随分時間がかかった。

2011/06/06

ハタケ マメヒコ通信018

豆蒔きが続く。その傍らで道作り。

畑の真ん中に道をつくるため振動ローラーを借りてくる。

今年の畑のレイアウト。この道の部分を作る作業。

朝からやる。

畑作業をやるのは18℃が適温。

これ以上暑い今日みたいな日は(23℃)、体力が消耗する。

くたくたになったので、休憩に持ってきたマメヒコのブランデーケーキを

みんなに振る舞いつつ自分も食べる。

やっぱりおいしい。

ところで、こちらに来るとマメヒコの食パンは大人気である。

『こんなおいしい「本食」は食べたことない』と、お土産としてあげたヒトから口々に言われる。

こちらの人は食パンのことを「本食」=ほんしょくと言うんです。

いままで食べてたパンが食べられなくなったから、是非買いたいと、

まとめて10本単位で注文が入る。(一本1200円)。

東京ではマメヒコの食パンなど美味しい割に人気もないが、

ここ十勝では大人気である。

マメヒコは東京のパン屋だと思っている人が増えている。

所変われば品変わる。である。

夕方からはイチゴを植え直した。

2011/06/05

ハタケ マメヒコ通信017

カチクサイというのがあるよ、いらっしゃぃ、というので行ってみた。

カチクサイって何なのかさっぱりよくわからなかったけど、

行ってみたら牛や馬がいっぱい居て、「家畜祭」のことかと驚いた。

ここでは牛と馬を売買しているのである。

普通に牛と馬が売買されている。ということに驚く。

そのなかに馬が居て、「ばんば」というそりを引く大きい馬で、

競馬に使われる馬である。

実際のところ、ばんえい競馬というのは下火になっていて、

あまり馬の買い手が居ないという。

ただし、作り手はいるんだそうだ。

馬を育てるのが好きなヒトというのがいるんだそうである。

なんかとってもわかる気がする。

 

牛は見ていると食べものに見えてくる。

乳牛ならチーズやバターに、肉牛ならステーキに。

どんなに美しくとも「食べもの」に見えてしまう。

けれど馬はそう見えない。

見るほどに美しい、車や乗り物に見えてくる。

サラブレッドがフェラーリに見えてくるとすれば、

ばんばはさながらハマーあたりに見える。

こういう「マシン」を作りたいというのは絶対に男だと思う。

 

同じ「家畜祭」でも牛と馬の売買は似て非なるものなんだなぁとわかる。

ただしどちらも生き物。本人たちには魂がある。

2011/06/04

ハタケ マメヒコ通信016

今日は1日天気が良く、晴れ間が続く。

大きな農機具でここぞとばかりに畝を切ってもらう。

あっという間に2時間ばかりで畝切りが終わる。

大型の機械は一台でボクらの何人分の仕事もしてくれる。

明日からは、豆蒔きだから、豆を選定する準備。

播く豆は遺伝子的に強い、しっかりとした豆を選ぶ。

選ばれし豆たちがこの土地で育った二世を産む。

それにしてもなんで東京から来て、わざわざ豆を育てに来ているのか。

とよく聞かれるし、自分でも思う。

こんな何にもないところ、退屈ではないかと。

わざわざここに暮らしまで移して、豆を作る意味、意図、魂胆はなんなのかと。

 

・・・・・・そんなことはよくわからない。

わからないこともないけれど、きっと今考えている理由とは全く違う理由があるんだと思う。

その理由は今はわからない。

この夏、ここに来たいひとの募集をそろそろ開始しようかな。

傍から見て理由を詮索するより、まずは一度ここに来てみる方が良い。

みんなが思ってるより、案外退屈しない暮らしがここにある。

 

2011/06/03

ハタケ マメヒコ通信015

ボクはブログでもラジオでも

言葉を発信するときは

顔の見えない誰かに向けてはできないので、

このブログを書くときは

顔の知ってるマメヒコのスタッフに向けて発信しているつもりである。

だから、ハタケ回りの地理については到底知らないことを前提に書いているので、

いつもどこからどこまで説明しなきゃいけないのかと迷う。

 
今は帯広市街にいる。
帯広市街というのはハタケからは70km弱離れている。
70km離れているというのは相当離れていて、
箱根駅伝で言えば、大手町から箱根までが108km。
70kmとは大手町からは小田原くらいある。
 
 
これだけ離れているから、
帯広の天気予報と大樹町の天気予報は大きく違う。
今日も大樹町は天気が悪く、こんなんじゃ野良仕事はできないやと思って、
帯広の町中に出てきてみたらなんだか晴れている。
 
帯広の町中に六花亭の本店がある。
ここの入り口にある柏の木をひとつきぶりに見ると
随分とあかるい緑になっている。
季節は夏に向かっている。
 
 
ほぼ日の六花亭の記事を読んでいたので、ホットケーキを食べることにする。
マメヒコでもホットケーキやろっかな。
渋谷や三茶じゃ無理だけど(ホットケーキというのは難しい)
パートⅢならできるかも。
 
こんなに晴れてるなら、大樹町に戻って豆を播こう。
けど、行ってみたら向こうは雨なんてことが往々にしてある。
そういうことは、こっちにしばらくいないと伝わらない。
そのことがもどかしい。
 

2011/06/02

ハタケ マメヒコ通信014

羽田に向かうバスに乗ってベイブリッジを渡ってる。

横浜が雲の中にかすんで見える。

眼下には無数のヒトの固まり。

あのコンビナートにもあのビルにもあの船にも電車にもヒトがいる。

わずかな隙間も残さないで、ヒトが棲んでる。

取るに足らないつまらないことで、キスしたり、はんこ押したり、

メールしたり、茶碗洗ったり、いらっしゃいませって言ったりしてる。

ミニチュアの小人たちよ、ほとんどがつまらないことだぞ

クヨクヨスルナと教えてあげたくなる。

自分もその一人ですけれども。

いまから、2時間もすればだーれもいないところに居ることを

先取りしていつもこの橋を渡るとき不思議。

今日からボクも藍子に合流してハタケ。

飛行機は茨城を飛び越え、福島を飛び越え、宮城を飛び越え、

岩手を飛び越え、青森を飛び越え、

たったの一時間半で心配事を飛び越えて大樹町。

朝が来る早さも夜が来る早さも、

放射能と電力といつか来るだろう震災に対する敏感さも

ぜんぜん違うところに、

一足飛びに飛び越えて、着いちゃう。

今日の東京は厚手のジャンパーを着てても寒い。

だいじょぶか。おい。寒さ。

 

2011/06/01

ハタケ マメヒコ通信013

 

気になるニュースを備忘録として書き留めておく。
—————–
スーパークールビズ初日の1日、国内各地は東日本の太平洋側を中心に4月並みの低温で、軽装をするには寒すぎる朝となった。北海道北見市の留辺蘂(るべしべ58 件)は最低気温が氷点下2・0度と、6月の観測史上最低。青森、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、静岡などの各県も、それぞれ6月としては最も低い気温だった。
 
 気象庁によると、日本の上空5000メートルに氷点下15~18度の寒気があり、オホーツク海の高気圧から冷たい風が吹き込んだのが原因という。
 
 東京都内の最低気温は羽田で12・1度、奥多摩地方の小河内で7・5度。いずれも6月の観測史上最低を記録した。(共同)
——————
こうなるとカッコーが鳴こうが、どうにもできない。
地温が上がらないと、豆は蒔けない。
蒔いたところで芽が出ない。
 
北見・留辺蘂といったら遠軽の隣。
花豆の一大産地。
花豆は涼しいところが適地で、去年の夏の暑さで、どこも不作。
品薄でマメヒコにも花豆がもうないと連絡があった。
 
寒すぎでも暑すぎてもうまくいかないのである。
 
 

2011/05/30

ハタケ マメヒコ通信012

ひと冬越えて、小屋の扉の建てつけが悪くなってしまったので、(この小屋を建ててくださった)大工の佐藤さんが修理してくれました。

「よしよし。これで変な奴入ってこねえな」。

いまは街中の空き家を借りて住んでいますが、

6月に入りもう少し暖かくなったら、

この小屋で暮らしたいと思ってます。

今日はその佐藤さんから太巻きのおすそ分けと、



昨年親しくなった隣町のパン屋さんから、パンをいただきました。



雨の中わざわざ車を走らせて持ってきてくれて。

大樹町にはパン屋さんがないので、とても嬉しいです。

みなさんありがとう。

 

藍子

2011/05/29

ハタケ マメヒコ通信011

「カッコウ鳴いたからね、ほんとならもう播いていいんだけどねえ」。

最近、町の人たちは口を揃えてそう言っています。

(ほんとに多くの方がそう言うので、カッコウの責任の重さにすこし驚いています)

だけど朝から空は暗く。

東京と同じで、大樹町も一日雨です。

あーしまった。

バイクがびっしょり。