2011/02/28
春メニュー/井川
2010/12/17
少し長いランチの話し。/井川
2010/11/20
ここ最近のこと。/井川
カフエ マメヒコをやっている井川と申します。
ここ最近のこと。少し書きますね。
ボクはいま12月からのメニュー替えのために。試行錯誤しています。
少しばかり大きく変えるつもりです。
マメレットが今月いっぱいでなくなります。
クロカンも、レアチーズも、豆と豆と豆も、
オープン当初からあったデザートや食べ物はすべて一新しようと思っています。
マメヒコだから豆に戻るつもりです。
そして、マメヒコ パートⅢが加わったので、そこで作ったパンと一緒に
食事できるメニューを考えています。
豆のスープがあったり。サラダがあったり、オープンサンドがあったり。
ケーキも今までのようなスポンジケーキやタルトはやらないで、
ほんとにおいしく炊いた油を全く使わない豆だけのケーキをやろうと思っています。
その豆は今年ハタケ マメヒコでとれた豆を一粒たりとも無駄にせず、
どうやって作ってきたかわかってるからね、
全部どんな豆でも使いきるつもりです。
営業時間も渋谷三茶ともに朝8時からやることとしますが、
夕方6時半には閉めようと思っています。
そしてまた夜8時から再開して、よる11時までの営業です。
オープンしてひと月半。
パートⅢも連日、カツも喫茶も真夜中まで反省を重ねています。
初日からすでに10回以上、揚げ温度、肉の厚み、部位の選定、衣の善し悪し、
パン粉の善し悪し、etc…。を改良続けています。
かなりよくなってと思っていますが、まだまだなのかもしれません。
でもね。
変わることはマメヒコの当初からのテーマだったんです。
変わり続けることでしか、変わらずにはいられないんだと。
最初にマメヒコを始めたときに、きっと大変だけど、
どこまでも手を抜かずにやってみようと。
うん、そうねそうねと、賛同して無理してくれた仲間がいたからここまで来たんです。
それでもしょっちゅうへこたれながら、今日まで、続けていられて、
また、変われる機会がボクらにはある。
そう思って、思い切りよくマメヒコを変えてみるつもりです。
ほんとは変わらずにずっとそのまま、そのままでね、続けられたら。
パートⅢもそう思って、万全のメニューで臨んだつもりだったけど、だめだった。
このブログを読んでくださっていたり、ラジオを聞いてくださったり、
M-Hicoを読んでくださったりするひとは、ほとんどいないと思うんですけど、
それでも、どこかにマメヒコに何かを期待してくれている人が店に来てくれてると思うから。
あなたのきっと期待に応えるから。
そう思いながら、毎日眠れぬ夜を過ごしています。
きっとみんなもそうだと思います。
井川

2010/05/24
お茶ヒコってなんだよ/井川
「マメヒコ」という名前の店を始めて5年になります。
マメヒコとは、マメとヒーコー。
あのヒーコーとはつまり、コーヒーの逆さ読みでして。
寿司をシースーとか、六本木をギロッポンとか。
そういう風に「ヒーコー」。
日本古来のマメとヒーコーの店、で、マメヒコなのだよ。
と、あちこちで言ってきた5年ですが、
ボク程度のあちこちなどたかがしれてるので、
きっと初めてあっそって思う人も多いことでしょう。
そんなことはどうでもいんだけど。
そのマメヒコをはじめてからというもの、
毎年この6月は1ヶ月、お茶ヒコと称して、
お茶のメニューをがらりと変えてるのね。
6月は、コーヒーなぞ飲まなくていいから、みんなでお茶を飲んでね月間。
とにかくお茶を飲みましょうよ、とオチャオチャ、の1ヶ月なんですよね。
あの、こんなこと言うもんじゃないんですけど、
ボクはコーヒーより圧倒的にお茶派でして、お茶がなにより好きです。
お茶はコーヒーに比べて体に負担がかからないんですね。
ボクの体質的にね。
コーヒーはやっぱりカンフル剤というか、よっしゃ、やるかという感じがあって、
リラックスというような気がしない。
そしてそのカンフル剤が切れたときに、どさっと疲れる感じがコーヒーのやなところ。
でもお茶はそうじゃないんですね。
あくまで個人の感想です。
じゃぁ、あんたんさ、好きなお茶ってなんなんさ。
ボクが好きなお茶ですか。では、ここにご紹介しましょうか。
あのですね、好きなお茶といいますかね、好きな飲み方ですね。
日本茶ですと、割合、濃く淹れたお茶とですね、
冷たい水をそれぞれコップに二つ用意しましてね、
それを混ぜて飲むの。
そのときの気分で適当に混ぜて飲む。
これが、ぬるくて薄くて、いくらでも飲める。
これをがぶがぶ飲むとなんだか体中がすっきりします。とてもすっきりします。
紅茶の場合はですね。
まず、カップに牛乳を割合なみなみ注いでおきます。
そこに、時間を置いて濃く出たポットからカップに紅茶を注いでは飲み、注いでは飲んでゆく。
最初の一口はほとんど牛乳です。
でも、何杯か足すとちょうどよい具合になり、それがとってもおいしい。
そのときは短い。
やがて、過ぎたころには徐々に濃くなっていく。
そこに少し角砂糖を足す。最後は甘いキャラメルみたいで、カップの底に溶けきれなかったジャリッとした砂糖。
もうこれこそが最高の紅茶デザートという感じ。
中国茶ですか。中国茶は台湾のクンフースタイルで、最初は聞香杯で香りを聞き、
あとは小さな茶杯で何十杯も飲みます。
最後はほとんどお湯みたいに出がらしになるまで飲みきるのが好き。
どちらかというと東方美人より、青くすっきりした凍頂烏龍茶が好き。
もっというと、凍頂よりも高いところでとれた杉林渓というのが好き。
これでサンリンケイと読むんです。
ウバが好きとか、ダージリンがどうのこうのとか。
玉露がどうとか、お煎茶、お抹茶の裏とか表とか。
そういうことにももちろん興味はありますよ。
ありますけど、お茶なんて好きに飲めばぁと思うわけ。
でもね。ペットボトルのお茶は大嫌い。
なんだか、あぁいうのは、なんか抵抗あるんですね。
お茶は茶葉と茶器があっこそのお茶だという思いはあるんです。
マメヒコではなるべくお茶の背景みたいなものをきちんと知りたいと思ってやってますから、
毎年この時期にはスタッフ総出でお茶摘みをしに出かけたり、
台湾まで出向いてお茶を取り寄せたりね。
あさってから、お茶摘みです。
ほんとは今日明日だったの。でも変えてよかった。土砂降りだもんね。
とはいえあさってもどうかしら。
今年のお茶ヒコは、ブレンド茶をいっぱい用意します。
いままでブレンドは邪道だと言って、やらなかったけど、
なんか急にやりたくなってみたり。
いまはそのテスト中に思いついてこれを書いています。
こうじゃなきゃダメなんてないのがお茶の好きなところ。
というわけであさってはおやすみですが、
6月はいろいろなお茶でお茶ヒコを。
細かいことはこの後スタッフが続けると思うので、ボクはこの辺で。
2009/12/16
豆サミットが終わって/井川
豆サミットに来ていただいた皆さん。
豆サミットに出演してくだすった遠軽の長谷川さん、服部さん。
それぞれのご家族。
そして快くパネラーを引き受けてくだすった、
CIAのシーユーチェンさん、
小田原で畑づくりをしているデンマーク人のイェンスさん、
のるすくの北田たくみさん、ルヴァンの甲田幹夫さん、
能楽師の関根祥人さん。
皆様ありがとうございました。
また、突然のお店のお休みにあえなく帰られたお客さん、ごめんなさい。
サミットの話題は豆だけにとどまらず多岐にわたりました。
こまかくなにを話したかについてはさておいて、
ボクらはものが十分な時代に生きられることとひきかえに、
暗中模索の時代に入ったのだぞよというサミットでした。
議長を務めたボクは、さながら、乱気流の中にいるパイロットのような気分で、
この話しはいったいどこに行くのかしら。
上がり下がりする会場のテンションに、最後の方は落ちさえしなければいいやと
思って務めてました。
若い奴らは芯から腐ってると言われたりね。
平和ぼけ、ぬるま湯に浸かってるとか。
親のしつけがなってないとか、さんざんで、
若者代表のボクとしては、
なんとかそんなぼくたちですけど、救いの手立てはないですかねと、
大御所の皆さんに何度かサミットの中、尋ねましたけど、
そんなものおまえたちで考えろと、
とくに希望もなくサミットは終わってしまいました。
でもね。
信念を持って生きてこられたひとたちの愛ある叱咤は、
きっと参加された皆さんには、それぞれに感じ入るところがあったでしょうからそれでいんです。
パネラーではなかったので、ボクの意見というのはサミットでは、極力言いませんでしたけど、
ボクなりにサミットを終えて思うことがあります。
それはね。
いまのままでいんじゃないの。ということです。
どんだけ先輩たちが危機感をあおってもね、
今は、みんなで世の中やばいぞと思うほど、世の中不幸じゃないんですよ。
ボクたちはおかげさまで幸せな時代に幸せな国に生きている。
だから今のまま、何の危機感も持たずのほほんと生きてればインです。
それが今のリアリティーなのだから、それでいんじゃないですか。
ただ、それでもなん人かの人たちが、なにかに希望を持ってやる希望人なはずです。
そういう希望人ていうのはゼロにはならない。
希望人の何人かはおせっかいでしょう。
人使いが荒いかもしれない。
まわりを巻き込み、のほほんとしてるひとに煙たがられることもあるでしょう。
けど、
そんな希望人を仕方ねぇなと手伝う人が世の中に一杯いるというのもまた
今の時代のリアリティーだと思います。
だから、世の中は良くしかならないんですよ。
いまのまま何も心配しなくてもいんです。
どうか扉を開けたらすっかりサミットのことなんて忘れて、のほほんとお帰りください。
ボクがゲストなら最後にこう言ってました。
年寄り(悪意のある言い方じゃないです)やジャーナリストに
希望がないぞと言われたところで、
ボクらはこの町で生きていくことを辞めるわけには行かないんです。
「みなさん、豆で達者で生きていきなさい」という服部さんのことばは、
「のほほんと生きていければ幸せ」と受け取ってかまわないとボクは思います。
ボクたちは幸せだなぁと言うサミットでした。
2008/09/29
小さな木の実/井川
小さな手のひらに ひとつ
古ぼけた木の実 にぎりしめ
小さなあしあとが ひとつ草原の中を 駆けてゆく
すっかり秋ですね。
もう夜になると寒いくらいで。
春に始めたことが、夏をこえ、秋になってあした。
ひとつの終わりを迎えます。
10月1日に西国分寺の駅前に、クルミド珈琲をオープンさせます。
あと、あした、あさってですね。
今ぼくはあけてもくれても西国分寺にいます。
すっかり西国分寺くわしくなっちゃった。
ニシコクでお昼は中華とカレーくらいしかないことや、
トイレならいずみホールがきれいでいいよねとか、
マインのネオンがずっと切れっぱなしだけど取り換える気もなさそうだなとか。
KURUMED COFFEE。クルミド珈琲。
店はクルミド珈琲とクルミドケーキだけの純喫茶店です。
マメヒコともね。全然違う。違わないとこもいっぱいあるけど。
クルミド珈琲とは今回のために研究に研究を重ねて作ったオリジナルの水出し珈琲のことです。
クルミド珈琲は水出し珈琲の専門店なんです。
店内の珈琲はすべて10時間かけて一滴ずつ一滴ずつ抽出する。
アイスコーヒーもホットコーヒーもカフェオレもです。
店はクルミの木にあるほこらのつもりで作っているから、
珈琲はさながら樹液なんですね。
クルミケーキは、クルミをはじめとした、ピーナッツ、カシューナッツ、
アーモンド。
いろんな木の実を国産の小麦に混ぜ込んだケーキに
おいしいアイスクリームを挟んで食べます。
地味ですが、滋味で素朴でおいしいケーキです。
オニクルミ カシクルミ ヒメクルミ。
軽井沢でとれたクルミがテーブルにおいてあって自分で勝手に殻を割って食べる。
まぁそういう店です。
ランチもないし、お酒もないし、いわゆるカフェだと思うとがっかりです。
なんじゃこりゃとまゆをひそめる人もいると思います。
でも、それでいいと思って作ったんです。
でも子供は喜ぶと思います。
牛乳も低温殺菌だし、ジュースも紅茶も珈琲も、全部、自分の子供に飲ませたいものにしました。
子供をだしにして子供を取り込めば親もついて儲かりますという店にしたくない。
子供が一人で来て、駅前だし、「ママの帰りをここで待ってるの。クルミだから寂しくないの」っていう店にしたいんですね。
子供が騒ぐママ軍団を、「静かにして、声大きいよ。恥ずかしいよ」とたしなめる店にしたいんですね。
子供たちが大きくなって「初めて珈琲を飲んだのはクルミドだった」っていう店にしたいんですね。
ものはいっぱいあるけどなんだか寂しくて悲しくなっちゃう時代だから、子供たちに喫茶店ができることはないかと思って作ったんです。
大人を癒すものはもうたくさんあるから今更いんじゃないですか。
坊や 強く生きるんだ
広いこの世界 お前のもの
ことしまた 秋がくると
木の実はささやく パパの言葉
あと二日でオープンです。
2008/08/04
ちょっとお知らせ/井川

あっ。
こにゃにゃちは。
暑いけど元気ですか。
カフエ マメヒコの井川です。
これからすごい夕立が来るそうです。
空が降ってくるような雨が降るんだそうです。
なんかこんなことってちょっと前までなかった気がします。
でもすごい雨のとき、わざと車に乗ってワイパーを見るのが好きです。
勝てぬと知りつつもけなげに豪雨に挑んでいるゴムに、頑張れと言いたくなります。
というわけで、ぼくもまた結構頑張っています。
でっ。
えっとあっ、秋の話です。
実はもうひとつカフェを作っています。
今度は子供たちのためのカフェの予定です。
名前は「クルミドコーヒー」とすることにしました。
今度は豆じゃなくて、クルミやピーナツやらナッツです。
場所はというと中央線と武蔵野線の西国分寺の駅前です。
オープンに向けて、日々できあがるまでをここで伝えていくつもりです。
というわけで、またちょこちょこ書くのでお楽しみに。
2008/03/13
いまボクが取り組まなくてはならないこと/第4回 せまい控え室を飛び出して
数えてみると、この8年間、引越しをしない年はなかった。外国に住んでいた2年間で3回、帰国してから自宅を2回、オフィスは3回、お店の開店が2回。年に1回以上は○○から××へ移っている。引越しは年明けの寒いある日に突然思いつく。そして、暖かくなる前に絶対に終えたいと勝手に焦る。ボクの場合、引越しと季節は大きく関係している。春風に霞む桜道は新しいところで迎えたいのだ。
横浜の郊外にあるオフィスを三軒茶屋へ移すことにした。引越しはあした。教会の下で、もとは幼稚園のプレイルーム。そこが新しいボクらのオフィスだ。
あと何度、季節が巡り、ボクは引越しをするのだろう。
小さな飲食店では控え室なんてほとんどないですよ、と聞いて当時は驚いた。三茶のマメヒコの設計をしていたときのことだ。スタッフはトイレで着替えればいんだという多勢の声に、狭くてもいいから更衣室は必要です。そう無理言って、なんとかたたみ一畳を確保した。椅子も置けず、脚立が椅子代わりの一畳である。それでも、こういうもんだと思えば、一畳はそれなりに十分で、着替えもすれば、食事も取るし、事務仕事もすれば、寝たりもできる。冷えた脚立に座り、マメレットを焼くスタッフを眺めていると、人間の幸せとは多くを望まないことかもな、と思ったりもする。
でもやっぱり寒いある日。ボクはオフィスを移転しようと突然思いつき、散々探した挙句に、三軒茶屋の店の近くをみつけた。テレビ番組を作っているスタッフも、マメヒコで働くスタッフも全部そこにまとめてしまおう。同じ会社で違う職場環境のスタッフを同じところで働かせよう。天然酵母の発酵具合を気にしているかたわらで、新年度の番組制作の進行を考えている。珈琲がふたつを繋ぐ。
ボクはいま考えていることがある。それはマメヒコを色々なところでやれないかと。
渋谷のお店も三軒茶屋のお店も、ともに移動することはなく、常に同じ処、同じ時間に開いている。それは大事なことであるし、それは安心なことだ。けれど。お店に来れないヒトがいる。来たくても来れないヒト。お店そのものを知らないけどきっとマメヒコが好きになるヒト。マメヒコを必要としているところはきっと、いっぱいある。
打ち合わせで煮詰まったテレビ局の会議室。ここに、珈琲やお茶を届けよう。その場で豆を挽いて、その場で淹れたら楽しいだろう。ペットボトルのお茶では果たせなかった企画の突破口をマメヒコが開けるかもしれない。無駄に長い打ち合わせがマメヒコさんが来たおかげで短くなって、とても節約効果がありました。とプロデューサーからほめられたらうれしい。焼きたてのマメボンを持っていってもいいし、簡単な食事を作ってもいい。テレビや映画のロケに持って来いと言われるかもしれない。スタッフはアタシがいく。ボクがいく!とはしゃぐだろう。気軽に頼んでもらえるように、色々と準備をしなくてはならない。
マメヒコが必要なのは職場だけじゃない。桜が満開の鎌倉のお寺で坊さんの説法のあとに珈琲を淹れるというのはどうか。珈琲説法。茶室があるお寺では、和服を着て正座してみなさんに茶法で珈琲を愉しんでもらう。鉄鍋からお湯をひしゃくですくって珈琲を淹れる。茶室が珈琲の匂いでいっぱいになる。和菓子とは豆のお菓子だから深煎りが合うはずだ。茶せんでフォームミルクを点てる。馬鹿馬鹿しくて、ちょっとおかしい。春にはハルの、夏にはナツの、秋にはアキの、冬にはフユの、マメヒコがある。そこそこへと出かけてゆく。桜の下のハルヒコ、海のそばのナツヒコ、落ち葉踏むアキヒコ、雪降る街のフユヒコ。ハハハ。おまえが行かなくても、すでにそういうところにはカフェがいっぱいあるんだよと笑われるかもしれない。そうですね。ケータリングコーヒーというサービスも割りとよくあるもんな。
でも。ここはどうか。たとえば老人ホーム。
かつてコーヒーをサイフォンで淹れていた彼がいる。ここに来て2年になる。かつてアールグレーが好きだった彼女がいる。足が悪くて車椅子だ。彼らは外出許可を取り、どこにでもいける。マメヒコに来ることだってできるだろう。縛られているわけではない。いくらだって自由だ。窓の外の梢から漏れる日差しを顔に浴びながら、車椅子で童謡を歌っている。あまり迷惑をかけたくない。美味しい珈琲が飲みたいと思うだろう。アールグレーが忘れていた何かをよみがえらせるかもしれない。若い頃、夢中になった香りは、きっと頭の奥に残っている。おばぁちゃん、紅茶が飲みたきゃいつでも外に出してあげるよ。いつでも言ってよ。 ありがとう。結構よ。これ以上、迷惑をかけたくないわ。今でも十分幸せ。今でも十分幸せよ。
ボクらにできることはなにかないか。
珈琲好きのボクが死んだら、葬儀に集まってくれたヒトたちには美味しい珈琲を出してあげたい。寒い日なら、カフェオレも選べるようにしてあげたい。冷たい仕出しにペットボトルではせっかく来てくれたのに申し訳ない。お葬式にマメヒコ。
今日もマメヒコは、いろんなところから、大勢やってくる。ふらっと寄って、めいめい扉を開け、ちょこんと座りオーダーをする。手に入れたお金は自由に使い、手に入れた時間は自由に割く。そういう当たり前がやがて出来なくなるときが来る。必ず来る。老いた祖母の濁った瞳と歯のない口が、面会時間の迫るボクになにかを伝えようとしている。
おせっかいはしたくないけど、ボクらにできることはなにかありませんか。
せまい控え室を飛び出して。
2008/03/03
いまボクが取り組まなくてはならないこと/第3回 ストーリー第一主義
できるだけのことは公開したいと思っているし、公開しても恥じない店でありたいと思ったりする。マメヒコで使用している食材のこと。
恥じない店なんて、昔かたぎな言い回しだが、ほんとにそう思う。恥ずかしいのはいやだ。なんか恥ずかしいなと思うことが多い。
餃子の一件があって、飲食大手もWEBで食材の生産地を公開し始めている。でもなと思う。公開されてるリストを眺めてなんか憂鬱な気になる。こんなんなら公開しないでくれてたほうがましじゃないかと思う。体裁を整えているだけでようにしか見えず恥ずかしい。
当店の鶏肉はタイ産で、豚肉はメキシコ産で、牛肉はオーストラリア産で、エビはインドネシア産で、なんちゃらはなんちゃら産で。つまりは中国産を使っていないから安心しろということなのか。なんのために公開しているのかよくわからない。アメリカ産牛肉の輸入が全面禁止になったとき、仙台の牛タン店が反対したというニュースを聞いたときも、良いとか悪いとかは知らないが、なんか恥ずかしかった。
風が吹けば桶屋が儲かる。もう何がどうなってて、どうしてそうなるのか世間知らずのボクには、ちっともわからない。
年明けにあるヒトとマメヒコでお茶をした。そのヒトは日本で農業をビジネスとしてきちんと経営され、一方で南米や世界各地から日本に野菜や穀物を輸入するビジネスも始められている。その方が、国内産が素晴らしいというのは幻想ですよとお話しされて少し驚いた。国内産がが良いとずっと思っていたのである。マメヒコも豆やチーズ、ワインなどはあえて国産にこだわっている。たとえば南米で農業に取り組んでいる人たちは実に真摯に農業に取り組んでおられるそうである。農業に命を懸けている凄みが日本の農家よりあるというのである。頭が下がるような努力を弛まず取り組んでいるというのだ。9時5時では農業は出来ませんから。もっとも、と一息置いて、彼らに農業技術を教えているのは日本人なんですけどと結んだ。なんか複雑な気持ちだ。おみやげに南米の日系人が作ってるというお豆を袋いっぱいにいただいたがとてもおいしかった。
井川さん、あっちはね、土が持つミネラルがなんといっても豊富で、日差しも強い。だから完全無農薬でも化学肥料に頼らんでも十分作れる。ほんとに素っ晴らしいびっくりするような野菜を作ってる。あすこはね、星がきれいなんだ。天の川が落ちてくるようですよ。今度是非、アンデスでトマトをご馳走する。食べたらびっくりしますよ。星の下で食べてもらいたいな、あのトマト。
その話しを聞いてるときから、もうすっかりアンデスのトマトを食べてみたくて仕方ないのだ。どんなにかおいしんだろう。日本の色だけ赤くて味気ないトマトより美味しいに決まっている。飛行機に乗ってでもそのトマトを食べに行きたい。なんて思っているのだ。外国産に対するちょっとイヤだなという自分の考えなどその程度のことで簡単にひっくり返ってしまう。馬鹿だ。
ボクらのまわりに取り巻く渦巻きのような問題は加害者も被害者もどこか同じで、真剣に考えるほど何も言えなくなる。発言をするには自分のことを棚に上げなければなにも言えず、冷静であればあるほど無口でいるのが自分を正常にしておける唯一の術だ。
情報を発信するだけの仕事なら国内自給率が低いことは問題ではないかという提起でエンドロールを流せばいいが、マメヒコをやっているとそうもいかない。マメヒコはなにかを選択しなくてはならない。マメヒコはバーチャルカフェでもブログでもない現実なのだ。
そこで考えたくないことを考えて、出した結論はこうである。国産か外国産などどうでもよい。そこにこだわるのは本意ではない。オーガニックにこだわるとかマクロビオテックの思想を取り入れるというのもどこか窮屈だ。とにかくボクを含めてスタッフみんなが美味しいと思うものをマメヒコでは出す。そして美味しいものはきっと身心にもよいと信じることにする。そしてなにより、すべてのものがマメヒコにあるべきストーリーがあること。このことを一番大事としよう。価格だけではない。思想だけでもない。ストーリー第一主義。そう考えれば生産地などどこでもよい。日本だろうと国内だろうと誠実に取り組んでいる生産者がいれば、そのヒトのヒトとなりを知って好きになってしまったらそれをマメヒコで使う。仕入れ価格が少々高くても構わない。高く売ればいいだけのはなしだ。たとえば、こういうこともある。生産者は流通の過程でわからない。けれど、この商品を時間内にきちんと届けようとしている配達員がいる。商品のことが好きで配達している。その配達員をボクらが好きになってしまったら、そこから商品を取る。
得策でも秘策でもないが、ストーリーの無いもの、ヒトは使わない。今までもそうしてきたし、これからもそうしてゆく。
具体的に、マメヒコではこれから随時WEBを通してマメヒコで使う食材の生産者やそこにかかわるヒトを紹介してゆく。豆や珈琲、チーズ、アイスクリーム、ワインにいたるすべてをストーリーで紹介できたらきっと面白い。あらゆる手の内を明かすことになるけれど構わない。これはお客さんにとってもスタッフにとっても楽しいことだ。北海道の僻地に住むしわくちゃの爺さんが腰を曲げて作った白花豆だと知っているのと、袋詰めでFAX出したら届いた豆では豆を煮る楽しさが違う。その爺さんが死んだ翌日は、豆を煮る作業に追悼の念が込められるかもしれない。それは不謹慎なたとえだか、きっと楽しい。全部を取材するのは大変な労力と時間が必要だから、ひとりひとつと決めてスタッフに取材させに行ってもいいかもしれない。もっと進めば、WEBで取り上げたヒトにマメヒコに来てもらいたい。そして自分の作った作物、届けた商品、売った商品が、ひとりのヒトの口に入り咀嚼する瞬間を見てもらう。これもまた楽しい。その顔写真はマメヒコにかかわるすべてのヒト。つまりボクらにとってどれだけの意味を持っているか。すごいに決まっている。そのためにみんな体力をふり絞って働いているのだ。お客さんの口に入る瞬間ばっかりを望遠カメラでこっそり撮って「一口写真館」というコーナーを作ろう。お客さんの一口目の写真がダーッと並ぶ。笑い顔、渋い顔、無表情。食べること、作ることの意味が浮かび上がる。だれか撮ってくれるカメラマンはいないか。
産地を表示してるからご安心くださいねと言うことは、ボクにとってはなんとも恥ずかしい。ボクの恥ずかしいは、よくわからない、よそのヒトとずいぶん違うよ。って言われる。
ほんとはこういうのをこういう風に書いているのもとっても恥ずかしい。けど恥ずかしいよりも楽しいがいくらかでも上回れば、それを優先してしまう。ただそれだけのことだ。
2008/02/29
いまボクが取り組まなくてはならないこと 第2回 3周年記念「タダヒコ」
今年の7月1日にマメヒコ三軒茶屋は3周年を迎える。おかげさまという思いでいっぱいです。来てくだすったすべてのお客様に、感謝感謝の気持ちでお礼の歌を歌いたいほどだ。1周年、2周年はとくになにもしなかった。つまらない粗品を配るのはつまらないし、期間セールをするのも芸が無いし、パーティーをしようといった声もあったが、誰を呼ぼうか考え出すとしっくりこなかった。毎日、当たり前のことを当たり前のようにやることがなによりものお礼だということになって、特別なことはしなかった。
けれど。3年というのはひとつの区切りだ。なにかをやるにはちょうどよい。お客さんもほどよくマメヒコが変なカフエであることを理解してくれているみたいだし。 だからボクは3周年を記念してあることを考えた。
「タダヒコ」。
もう一度言い直してみる。
「タダヒコ」。大胆でかつ端的なネーミングだ。
7月1日、マメヒコ三軒茶屋店はその日一日、全品タダにします。ドリンクもフードも老若男女、ぜーんぶ無料。だから、タダ(無料)ヒコ。
飲食店というのは人手不足が深刻だという。求人誌に載せても誰も来ないらしい。かつては「ちらほら」来たけれど、ちょっとまえから「ちら」、もういまとなっては「ち」も来ない。ソウイウ時代ナンデス社長。求人誌の担当者が内心うれしいくせに親身なふりをしてボクに耳打ちをする。
なるほど。
確かにうちも人手不足だと感じることも多くなってきた。うちだけではないと聞いて少し安心したが、そんな安心は安らぎとはいえない。求人誌を開く。たしかに。うんざりするほどの厚さだ。めくってもめくっても飲食店の求人広告。あの居酒屋も、あの高級レストランも。人手に困っていないレストランなどあるのか。ページをめくれば驚くことばかりだ。皆さんも一見の価値ありです。
見開きいっぱいの頁に踊るその謳い文句がすごいのだ。
「今度の夏休みは彼女とどこいこうか/○○○ダイニング」。「頑張ったボクは半年で店長です/○○○フーズ」。
大手と呼ばれるところほど求人に困っているのだろう。いかに休みがとれ、いかに簡単に役職に就け、いかに高給が取れるかといった甘いキャッチのオンパレードなのだ。ほんとうかと目を疑うようなものもある。しゃもじを買うとダイヤの指輪がついてくる。といった具合だ。それがほんとならまっさきにボクが応募したい。ネッ、ソウイウ時代ナンデスヨ社長。と耳打ちされる。それが世の時流?ならばマメヒコの求人広告はただのKYだ。空気が読めてない。
マメヒコは大変です。/マメヒコは頭で考えてもらいます。/マメヒコはお給料も高くありません。/それでもマメヒコで働きますか。/
憧れと現実は違う。だから初対面で思いつくままにこのひとに起こりうるだろう困難を言ってしまう。どうせあとで気づくことなのだ。どうせあとで苦労するのだ。へこたれそうになるとき、思い立った最初の強い情熱だけが、ひとり立ちできるまでの唯一の支えとなる。
それでもマメヒコで働きたいという奇特なひとが、今日もマメヒコを開けている。
体力と覚悟があれば未経験で知識が無くとも採りましょう。というのがボクの採用方針だ。知識や経験とは困ったときの自分を支えてくれる浮き輪のようなものである。だから荒波を泳ぎきる体力と覚悟があれば、浮き輪などなくてもよい。
しかし泳げず浮き輪も無いとなると、それはたぶん、
溺れる。
採用面接をしているとカフエに知識なんて必要なんですかというひとがいる。断っておくが要素の多いカフエはものすごい量の知識が必要だ。無論、弁護士や金融マン、医者なんかに比べればたいしたことはなく、興味があれば十分覚えられる程度のものだけど、その興味も持って無いとなると、なんでここにいるのかということになる。ダージリンとアールグレイの違いも知らずにカフエで働きたいというひとがいる。そしてそういうひとを採ってきた。でも心臓が右にあるか左にあるか知らずにブラックジャックになりたいというようなひとがいるだろうか。いたとしたらそういうひとはブラックジャックという医業に就きたいのではなく、手塚治虫の漫画を読むのが好きな読者だ。
ところがお客さんとたまに話しをするとお茶も珈琲も詳しいかたがずいぶんとおられる。なによりマメヒコに詳しいのである。ありがたいやら嬉しいやらの反面、なんだかお金を頂戴して申し訳ない気持ちになってくる。こんなに紅茶にお詳しいお客さんに、うちのスタッフはアールグレイもろくに知らずに接客しているのか。マメヒコは少しばかり値段が高い。高い値段をつけざるを得ない理由が間違いなくある。飲食店の経費のほとんどは家賃と人件費と材料費で、家賃も人件費もそうそう削れないから結局のところ安易に材料費を削ってしまう。材料費も削りたくないとなると、どうしてもお値段が高くなってしまう。うちの場合はそうだ。人件費。店員の給料、店員を集める経費、店員の質を向上させるのに必要な経費。これらは会社が負担しているのではなく、お客さんが負担している。珈琲の値段の何百円かはモチベーションの低い店員のモチベーションを上げるのにお客さんが負担しているのだ。これらがもしかからないとしたら。お客さんはマメヒコでお茶を飲んでも限りなく安く飲める。
そこでこう考えた。
マメヒコで働く従業員がお金を払えばいいのではないか。全国からマメヒコでお金を払ってでも働きたいひとを集めればいいのではないか。そうすればお客さんはタダでいい。
これがタダヒコのからくりだ。
タダヒコはひょっとするといいことずくめだ。まずお客さんはタダでマメヒコを利用できる。そして働く従業員はお金を払って働くから、元を取ろうと思って頑張る。たとえば本業が大学教授というひとがいたとする。彼は珈琲が大好きで是非一度、自分が淹れた珈琲を目の前で美味しそうに飲む顔を見たい。そのためならお金を払ってでも働きたいと。たとえば紅茶に詳しいシステムエンジニアはインドの茶園まで良い茶葉を求め、誰かにこの味を伝えたいと心底思っている。そんな機会があるのならお金を払っても働きたいと。接客が好きな専業主婦や、マメヒコが大好きな歌手や、まぁ動機は何であれ、お金を払ってまで働きたいのだからよほどの人材が集まることうけあいだ。いつもよりも人数が多いから接客も充実しているかもしれない。そうなると今いる店員たちもうかうかしていられない。お金を払って働いてるスタッフのほうが、モチベーションも質も高いとなると下克上だ。草野球の新入部員にイチローが入ってくるような衝撃があるかもしれない。
こんな無茶に付き合ってくれるそれこそ奇特なひとがいてくれることが前提だが、仕事とはなにか、お金とはなにか、ひいては生きるとはなにかを考える機会に「タダヒコ」はなるかもしれないと、
口の中で「タダヒコ」と何度かつぶやいてみる。
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